【院長の休日・奥出雲の旅】第2話🎨足立美術館と木次線の異変
[ 公開日: 2025/8/9 ]
明石海峡大橋の通過時刻を見計らって早起きし、ラウンジに腰を下ろした。
しばらくすると須磨海岸が見えてきた。
明石海峡大橋は、日の出前でも輪郭がくっきりと浮かんでいる。
だが近づくほどに建物が増え、視界は狭まる。
やがて一瞬だけ、巨大な橋が目の前に現れ──そのまま列車は駆け抜けていった。

(須磨駅~舞子駅)

部屋に戻ると、窓の右手に姫路城の白い天守が一瞬だけ姿を見せる。
評判どおり、進行右側のソロ寝台は“当たり”だったようだ。
岡山駅でサンライズ瀬戸号を切り離し、サンライズ出雲号は中国山地を横断する伯備(はくび)線へ。
列車は高梁(たかはし)川に沿って山あいを進み、遠くには伯耆(ほうき)富士・大山(だいせん)の姿も見える。その荘厳なシルエットに、旅のテンションはさらに高まった。

(岸本駅〜伯耆大山駅)
どじょうすくい踊りで知られる安来(やすぎ)駅で下車し、無料シャトルバスで足立美術館へ。
ここはアメリカの専門誌による日本庭園ランキングで、22年連続で1位を獲得していることで知られる。
また、横山大観の名画が多数展示されていることでも有名だ。
喫茶室でいただいたアイスコーヒーは、目の前に広がる庭園の静けさと一緒に味わう一杯。
氷の音まで心地よく響く、夏の贅沢だった。
抹茶と和菓子の体験、日本画の展示──どこを切り取っても、美と静寂に満ちた時間だった。
館内のレストランでいただいた島根和牛のビーフカレーとデザートも、予想以上に本格的な味わいだった。




13時半発のバスで安来駅に戻り、14時46分発の普通列車で山陰本線を宍道(しんじ)駅へ向かう──はずだったが、待合室でスマートフォンに目を落とした瞬間、驚きの表示が現れた。
「木次線、運転見合わせ」

原因は、猛暑によるレール温度の上昇。真夏の鉄路が膨張し、運転見合わせとなっていたのだ。
案内放送などはなかったが、安来駅の駅員さんに尋ねると、宍道〜木次間が運休中であること、しかも代行バスはないことを丁寧に教えてくれた。
ただ、木次〜出雲横田間は夕方以降に再開の可能性があるらしい。
急きょ、予定より早い特急やくも11号で宍道駅へ。
進行右手に広がる宍道湖は、しじみで有名な海水と淡水が混じる「汽水湖」。
午後の光が水面をやわらかく跳ねていた。


宍道駅に到着。出雲横田行き(16:02発)はやはり運休とのこと。
木次線がこの先動くかどうか──駅員さんも「わかりません」と首を傾げる。
それでも点検中であり、再開の可能性はあるという。
悩んだ末、私は決断した。
タクシーで木次駅まで向かおう。
スマートフォンでタクシー会社を調べ、電話をかける。
一社目には断られたが、二社目でようやく配車が決まり、数十分後に来るという。
駅前でタクシーを待ちながら、私は思っていた。
予定通りには進まない。でも、だからこそ旅は面白いのかもしれない──。

木次へ向かうタクシー、この旅はどうなる──。
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(予告)
●院長の休日・奥出雲の旅
第3話|貸切列車で行く秘境の駅
急遽タクシーで木次駅へ向かい、山あいの町で夏祭りの準備を目にする。
木次駅で乗り込んだ出雲横田行きディーゼルカーは、まさかの貸切状態。
誰もいない静かな車内でくつろぎながら、無人の木次線を辿る。
出雲八代駅は、映画『砂の器』のロケ地。秘境の駅に降り立ち、時が止まったような空気を味わう。
宿泊は奥出雲多根自然博物館。
夜の博物館では、恐竜展示に子どもたちの歓声が響く。
第4話|静かな駅から始まる木次線の朝
第5話|時速25kmの鉄路をゆく芸備線
第6話(最終話)|広島で平和を想い、旅を締めくくる