【台湾鉄道旅②】第5話🚆 台湾を“静かに一周”した日
[ 公開日: 2026/2/7 ]
~昭和の風景を、令和の列車で走る~
🌅 朝、台北を静かに出る
朝5時に起床。前日までの右足親指の腫れは軽減していて、サンダルなら歩ける。旅の中で「歩ける」という感覚は、思っている以上に判断を軽くしてくれる。今日はまさに、その感覚に支えられる一日になった。
早朝のバスで台北駅方面へ向かい、まず高鉄(台湾新幹線)の窓口で本日分の帰路(新左営→台北)の座席指定を済ませる。帰りを確保したら、あとは台鉄(在来線)の時間に身を委ねるだけだ。
6時30分、台北発・台東行きの新自強号(3000系)に乗車した。


🛤️ 都市鉄道から、地形鉄道へ
松山、南港を過ぎ、七堵を越えると列車の性格がはっきり変わる。トンネルが増え、揺れはやや強まる。速度は抑えられているのに、身体には「線形の厳しさ」が伝わってくる区間だ。

やがて宜蘭へ近づくころ、山が迫り、トンネルを抜けるたびに海が開ける。晴れ切っていなくても、水平線ははっきり見える。沖には亀山島。小さな島が浮かんでいるだけで、「ああ、いま海沿いを走っているんだ」と実感が立ち上がる。

そしてこの区間は、山も凄い。太魯閣へ連なる山塊の気配が、車窓の向こうで静かに圧をかけてくる。海と山が同時に強い路線というのは、やはり贅沢だと思う。
今日は途中下車は花蓮だけ。「今日は鉄道旅」と割り切って、車内と車窓に集中する。

🌊 花蓮で一度、地上に降りる
花蓮駅で途中下車。足の状態を考え、徒歩は最小限に抑える。タクシーで七星潭へ向かい、往復で海だけを見に行くことにした。
この旅は曇りや雨が多かったが、この日は明るい曇りの合間に青空が見えた。海は、写真に撮るときちんと“青い”。
雲の割れ目から光が差すたびに、水面の青が少しずつ表情を変える。七星潭は海しかない。だが、それでいい。


🍱 花蓮駅に戻り、食料を買い込む
花蓮駅に戻り、構内で食料を買い込む。
駅弁は「剝皮辣椒雞便當」(150台湾元(≒750円))。剝皮辣椒の鶏肉を主菜に、派手さはないが実直な内容だ。
さらに揚げ物もしっかり確保し、セブンイレブンで台湾ビールと飲み物も揃える。量としては十分にボリュームがある。けれど今日の主役は車窓だ。車内の食事は「整う」ことが第一で、派手に語らなくても、きちんと支えてくれる。
台湾では列車内でビールを飲む人は多くない印象だが、禁止されているわけではない。静かに飲む分には、マナー違反でもない。こういう「旅の中の自分のルール」を守ると、長距離移動でも疲れ方が違ってくる。


🪟 昭和35年の日本を、令和で走る感覚
花蓮を出てからの車窓は、不思議な時間感覚を生む。
昭和35年の日本の田舎を、平成後半の在来線特急クラスの新型車両で走り、令和のスマホでAIと会話している。
この感覚が、まったく無理なく成立している。そこが面白い。

光復、瑞穂、玉里――日本語由来の地名が続く。ホームに残る建物や、製糖工場の気配、原住民文化の展示。駅に立つだけで、土地の時間が複層になっているのが分かる。
対向列車と交換待ち。現在は単線運用だが、東部幹線では複線化工事が進んでいる。輸送量は多くない。それでも工事を進める。国家としての意思ははっきり見える。
池上、関山。莒光号がまだ現役で走る一方、ディーゼル自強号はすでに姿を消した。時代の切り替わりを、車窓が淡々と伝えてくる。

⚠️ 鹿野から先――山間部を静かに抜ける
鹿野を過ぎると、列車は山間部へ入る。ここでは明らかに徐行していた。速度が落ちると、風景よりも線路の事情が目に入る。山、川、護岸、工事の痕跡。かなり山の中だ。川を渡る以外は、ほとんどトンネル。自然と鉄道のせめぎ合いを、静かに通り抜けていく。

そのまま列車は台東へ。ここで一度、空気が変わる。南へ向かう旅の「折り目」が入った感じがする。
🌴 台東を過ぎて、海沿いの南へ
台東を出ると、車窓は一気に海が主役になる。水平線が長く伸び、波の白が追いかけてくる。曇りがちな旅でも、この区間だけは“海の明るさ”が景色を引っ張っていく。

途中、青い客車の観光列車「藍皮解憂號」とすれ違った。こちらは最新型の新自強号、向こうは時間の遅い列車。同じ海沿いで、昭和と令和が一瞬だけ並走する。

山の肩をかすめ、トンネルを抜けるたびに海が戻る。片側に山、片側に海――東部幹線の芯を、静かに味わいながら南へ進んだ。

🏙️ 高雄都市圏へ、そして地下へ
高雄に近づくと列車は地下に入る。ここで一気に、長距離鉄道から都市鉄道へ切り替わる感覚がある。
高雄駅に到着。港湾と工業の都市、高雄。そしてその先、新左営へ。
台湾を縦断し、新左営という現代的な結節点に、静かに着地した。
🚄 高鉄は“さっと”
新左営に着いた時点で、「今日はもう一日が終わった」と思っていた。けれど高鉄(台湾新幹線)に乗れば、夕方には台北のホテルに戻れてしまう。“旅の終わり”ではなく“旅の余白”が生まれるのが、高鉄の速さだった。
今日は高鉄そのものを語る日ではない。主役は台鉄で、十分にやり切った。高鉄は短く、正確に使う。それでいい。

🥟 夜は永康街、高記で小籠包を少し
台北に戻ったあとは、永康街を少しだけ歩く。
鼎泰豊はさすがに気配だけで満席の迫力だったので、近くの「高記」へ。小籠包は外せないから、そこはきちんと食べる。ほかにもいくつか頼んで、派手に攻めるというより「整う食事」で締める方向に寄せた。旅の終盤に欲しいのは、刺激よりも整う感じだと腹で分かる夜だった。

🌿 そしてホテルへ――今日の締めは「帰れる」こと
永康街からホテルへはMRTで戻る。歩ける距離ではないし、足の状態を考えれば、それがいちばん確実だ。
そして歩数計を見ると、11,109歩。あれだけ腫れて、トラブルを抱えた足で、サンダルとはいえここまで戻した。今日は「無理をしない」一日だったのに、結果として台湾を一周している。
旅の終盤になるほど、派手な達成よりも「崩れない」ほうが価値を持つ。足の親指が完全ではない今は、なおさらだ。
それでも、今日の私は台湾を一周した。しかも、台鉄の時間を身体に通して。
昭和の風景を、令和の列車で走る。
その不思議な感覚が、いちばん濃く残った一日だった。

