【台湾鉄道旅②】第7話🌧️雨の101カウントダウン
[ 公開日: 2026/2/17 ]
~屋根とゴザで耐えた夜、国父紀念館駅の奇跡~
🥣 世紀豆漿大王 大晦日が動き出す
12月31日。大晦日の台北は、街そのものが少しだけ早起きだ。私はまだ薄暗い時間にホテルを出て、豆漿の名店「世紀豆漿大王」へ向かった。
豆漿(トウジャン)は、日本人にはまだあまり馴染みがないかもしれないが、台湾の朝の風景には欠かせない定番だ。特に私が頼んだ「鹹豆漿(シェントウジャン)」は、飲み物というよりは、「温かい豆乳にお酢を加えておぼろ豆腐のように固めた、出汁の効いた朝スープ」といったほうがしっくりくる。これにカリカリの揚げパン(油条)を浸して食べるのが、台北の朝の定番の儀式なのだ。

🛕 龍山寺でお参り 一年の区切り
朝食の熱が残っているうちに、龍山寺へ向かった。年末の寺は“お願い”の場所というより、“一年を整える”場所に近い。「敷居は踏まずに、またぐ」という小さな作法で旅の呼吸を整え、本殿の観世音菩薩へ。さらに奥のエリアで、医療の神様「華陀仙師(かだせんし)」に手を合わせる。耳鼻咽喉科医として、日頃の診療への感謝とこれからの医療安全を祈るこの時間は、私にとって欠かせないプロフェッショナルな儀式だ。家族分のお守りを手にし、寺を後にした。
龍山寺からは路線バスに乗って迪化街へ。台北は地下鉄が便利だが、あえて地上を走ると街の“厚み”がわかる。

🐟 カラスミは信用で買う
迪化街の永楽市場に到着。1階の食品店をいくつか覗き、食の熱気を感じる。そこから少し歩いた場所にあるカラスミの老舗「永久號」へと向かった。実はここ、AIに勧められた店だ。その情報をちらっと参考にしつつ、自分の目で見極める。周囲には350元の札を掲げる店もあるが、私が選んだのは750元(≒3,750円)の最高級品だ。
値段の差をどう説明するか。私は「贅沢をした」ではなく、「品質の裏側にある管理と職人を買った」と言いたい。天然、冷蔵管理、そして老舗の信用。旅先の食は、思い出と同じくらい“事故”のリスクも孕む。ならば、事故の確率を下げる方に賭ける。大晦日の私は、そういう気分だった。
迪化街でのミッションはこの一点のみ。買い物を終えると、私は迷わずタクシーを拾った。料金は125元(≒625円)。まだ足の状態が完璧ではない中、ここで数百円を惜しんで体力を削るのは、夜の4時間待機という本戦に向けた致命的な戦略ミスになる。体力を温存し、足を休める。これは浪費ではなく、確実な勝利のための投資だ。ホテルに戻り、カラスミを冷蔵庫へ。ここは迷わない。

🛒 勝立生活百貨 迷宮で見つけた生存装備
午後、ホテルの近くにある「勝立生活百貨」へ向かった。ここは日本でいう「ドン・キホーテ」のようなお店だ。

まず目当ての上下カッパ(名爵雨衣)は、比較的すぐ見つかった。雨の中でカウントダウン花火の場所取りをするなら、厚手のカッパはぜひ欲しかったのだ。
次に探したレジャーシートが、どうしても見つからない。その陳列の凄まじさは想像を超えていて、ドン・キホーテの比ではないほど、物理的に「発見困難」だった。
そこで役に立ったのが、AIとともに作った中国語メモ。これを店員さんに見せると、親切に案内してくれた。彼らの案内なしでは、「なんでここに?」という場所に押し込まれたレジャーシートを見つけることは不可能だった。意外すぎる場所に置かれていたお茶類も、この指差しツールで言葉の壁を越えたからこそ、無事に回収できた。これで今夜の装備と、土産のミッションが完了した。

戦利品一式:名爵雨衣(上下カッパ)459元(≒2,295円)、レジャーシート125元(≒625円)、リプトンの台湾限定ティーバッグ、天仁茗茶の烏龍茶・鉄観音、台湾デザインのしおり12枚、ポチ袋(紅包)など。

🫖 喫茶「草木間」で静かなリセット
16:50、ホテルサンルート台北のロビーにある「草木間」。実は、今回の旅で私が唯一足を踏み入れた喫茶店が、ここだ。普段は効率重視で街を歩き回る私だが、あえてこの時間にここに座ったのは、決戦前の「静寂」を手に入れるため。
選んだのは、蜂蜜のような香りが特徴の阿里山熟成紅茶。牛軋沙琪瑪(ヌガー入りサチマ)と鳳凰酥を添えて、会計はサービス料込みで413元(≒2,065円)。雨の外気で冷えた身体を内側から整えてくれるこの一杯は、単なる休憩ではなく、夜の4時間待機に向けたリセットの時間だった。

🍜 大戸屋の年越し蕎麦
夜に向けて、食事は軽く、温かく。宿泊しているサンルート台北の地下にある「大戸屋」へ向かった。
店内に入ると、威勢のいい日本語の挨拶が飛んできた。スタッフは全員台湾の方だが、ここはホテルサンルート台北の地下。日系ホテル併設とあって日本人客が多く、この挨拶が標準装備なのだろう。
日々の台湾グルメも良いが、今日は大晦日。日本人は、世界のどこにいたって年越し蕎麦を食べなきゃ始まらない。同時に、これは医師としての冷徹なリスク管理でもある。絶対に体調を崩せない長期戦を前に、成分も衛生管理も熟知している「いつもの味」で胃を満たす。この安心感こそが、戦場に向かう前の最高の栄養剤になる。選んだのは蕎麦湯麵(温かい蕎麦)150元(≒750円)。今夜の主役は、あの塔と、雨と、人の熱だ。

🌧️ 市政府前広場 屋根の下に「陣地」を作る
19:30前後、会場周辺へ。狙いは「台北101が正面に見えて、屋根がある場所」だ。私は濡れた地面に防水ゴザを敷き、早い段階で腰を下ろした。雨の日の長時間待機で、立ちっぱなしは体力を削る。座れる人間が最後に残る。屋根の価値は、時間が経つほど上がる。私はそれを知っていたし、実際そうなった。
会場の市政府前広場では、数時間前からカウントダウンコンサートが熱を帯びている。私が確保した「陣地」からは、ステージを直接拝むことはできない。しかし、会場の外であっても、数万人分の熱気と地響きのような重低音はダイレクトに空気を震わせてくる。ステージが見えるかどうかは重要ではない。この「熱狂の気配」を肌で感じながら、来るべき瞬間を座して待つことに意味がある。

🎤 23時に空気が変わる
転換点は23時前後。屋根なし組が一斉に流れ込み、壮絶な陣地合戦が始まる。それでも座っていると、物理的に割り込まれにくい。私は「座り続ける」という単純な戦略で、体力と視界を守った。トリを飾ったKARAの熱唱に会場のテンションは爆発し、人の密度も上がっていく。雨なのに、熱がある。年越しは、たぶんこういう矛盾でできている。

🎆 年越しカウントダウン そして花火の「勝利」
23:50前後、空気が完全に変わった。全員が立ち上がり、傘が増える。私はここで、ひとつの決断を下した。4時間この場所を守り抜いたという執着(防水ゴザ)を、この瞬間に捨てる。状況が変わったなら、ここまでの労力に固執せず、「視界」というリソースを優先すべきだ。ゴザの陣地を捨て、前方の隙間へ移動する。
0時、花火が始まった。本降りの雨という、最悪のコンディションだ。だが、私の読みは的中した。4時間かけて風向きや煙の流れを読み、霧に遮られにくい「勝ちポジション」を死守した結果、101の全景が驚くほど鮮明に浮かび上がった。後で聞けば、場所によっては煙で何も見えなかったという悲劇も起きていたようだが、私の視界を遮るものは何もない。
雨と霧が光を滲ませ、101が巨大なランタンのように発光する幻想的な光景。これは偶然の奇跡ではなく、執念で掴み取った勝利の景色だった。
雨と歓声と、101が発光する瞬間を、動画でどうぞ!

🚇 国父紀念館駅 「神回避」の帰還
花火終了直後の0:08頃、移動開始。迷わず国父紀念館駅へ向かう。やはりMRT(地下鉄)駅は入場規制であった。しかし、花火終了後すみやかに帰路についたおかげで、20分ほどで駅に入場できた。実は混雑で2時間くらいは待たされることや最悪徒歩での帰宅も考えていただけに、ありがたかった。駅構内は当然混んではいたが、ここで奇跡が起きた。国父紀念館駅が始発の臨時列車が投入されていたのだ。花火会場最寄りの市政府駅を空車で通過させ、こちらで一気に乗客を救い上げる運行管理。凄まじい人混みの中で、これは戦略が生んだ奇跡に近い帰還劇だった。

🍺 部屋に戻って本当に「年が明ける」
部屋に戻ると、静けさがある。ドラゴンフルーツやパパイヤ、マスカットが並んでいる。そして、カラスミは、帰国後に「この大晦日は本物だった」と再確認させてくれるだろう。勝利の晩酌をしながら、私は確信した。
年越しは派手に見えるけれど、実際は地味な判断の積み重ねでできている。私はその地味な準備を、今年は徹底してやり抜いた。だからこそ、この雨の花火は、私にとって完全なる「勝利」だった。
