【院長の休日・奥出雲の旅】第3話🚞貸切列車で行く秘境の駅
[ 公開日: 2025/8/10 ]
宍道(しんじ)駅前でタクシーを待つこと20分。
冷房の効いた待合室から一歩外に出ると、真夏の陽射しと熱気が容赦なく押し寄せてくる。
ようやく来た車に乗り込み、木次(きすき)駅までと告げると、運転手さんは「暑いですねぇ」と笑い、木次線が運休していることを知らずに驚いていた。

車は山あいへ向かい、車窓の景色が少しずつ緑を増していく。
25分ほどで木次駅に到着。駅舎は無人で冷房もなく、隣の観光案内所へ避難すると、冷気が天国のように感じられた。
「宍道からタクシーで?それは大変でしたね」と職員さんが驚きながら声をかけてくれる。
地元の夏祭りや新しいホテルの話も聞き、「次はぜひ雲南市に泊まってください」と熱心に勧められた。こういう何気ない会話が旅の温もりになる。
記念に木次線のキーホルダーを買い、近くのショッピングセンターへ。
地酒と水出し緑茶を手に取ると、祭りに向かう浴衣姿の人たちが行き交う。
車社会の土地柄ゆえか、店員さんも運休のことを知らなかった。

16時40分ごろ駅に戻ると、JRの職員が「列車は17時30分ごろ出発できそうです」と教えてくれた。
40分ほど遅れて入線した出雲横田行きのディーゼルカーに乗り込むと、冷房の効いた車内は快適そのもの。


ふと周りを見渡すと、乗客は私ひとり──贅沢すぎる空間だ。
発車とともに、ディーゼルエンジンの低い唸りが静かな山あいに溶けていく。
運転士とJR職員が前方で線路の状態を確かめながら、時折徐行しつつゆっくり進む。
夕方の光に照らされた田んぼ、古いトンネル、ぽつんと建つ木造家屋──その一つひとつが、山間の時間の流れを物語っていた。



やがて到着した出雲八代駅は、小さな木造駅舎が静かに佇む無人駅。
松本清張原作の映画『砂の器』で「亀嵩駅」として登場した場所でもある。
ホームに降り立つと、映画のワンシーンのような静けさが広がっていた。


宿の送迎車で向かったのは「奥出雲多根自然博物館」。
全国で唯一、宿泊できる博物館で、恐竜や鉱物の展示を楽しめる。
夏休みとあって、館内は家族連れでにぎわっていた。


夕食は仁多米コシヒカリの白ごはんと、奥出雲ポークの二色鍋。
かつお出汁とトマトベース、それぞれの旨みを味わえる。
素朴でありながら、地元の食材への愛情が感じられる温かな料理だった。

奥出雲ポークの二色鍋

奥出雲の夕景
食後は“ナイトミュージアム”へ。
照明を落とした館内で恐竜の骨格標本が浮かび上がり、子どもたちの歓声が響く。
ひとり旅の静けさに、このにぎやかな時間が差し込まれるのも心地よい。
無人の木次線を貸切状態で走ったこの日の記憶は、きっとこれからも静かに心の奥で輝き続けるだろう。


📽️ 旅のひとコマを動画で
木次線を貸し切り状態で走ったあの瞬間を、ショート動画にしてみました。
← 第2話に戻る
→ 第4話に進む
(予告)
●院長の休日・奥出雲の旅
第4話|静かな駅から始まる木次線の朝
奥出雲多根自然博物館で迎えた朝。特別に早めに用意された朝食には、地元産の仁多米コシヒカリがふっくらと炊きあがっていた。
滋味あふれる食材に癒やされ、宿の館長さんの車で出雲八代駅へ。
映画『砂の器』のロケ地でもある無人駅で、館長さんに手を振って見送られながら木次線の列車に乗り込む。
静かな山あいを走るディーゼルカーの車窓から、奥出雲の深い緑や懐かしい木造駅舎を眺め、鉄路の先に続く物語に思いを馳せる。
第5話|時速25kmの鉄路をゆく芸備線
第6話(最終話)|広島で平和を想い、旅を締めくくる
記事一覧へ