院長ブログ

【台湾鉄道旅③】第2話🌊平渓線と九份をめぐり、港町・基隆へ

[ 公開日: 2026/10/7 ]

2026年9月21日(月)。

台湾2日目。

この日の最初の目的は、平渓線に乗ること。

台北から瑞芳へ向かい、そこから平渓線に入り、終点の菁桐まで乗る予定だった。

途中では十分の様子も見てみたい。

そのあと九份へ寄り、最後は前回の台湾旅行で行けなかった港町・基隆へ向かう。

ところが、この日の旅は出発早々から予定外の方向へ転がり始めた(笑)。

 

🚃 朝からいきなり逆方向へ

ホテルを出て、まず台北駅へ。

ここで「平溪線・深澳線一日乗車券」を購入した。

120元で平渓線と深澳線を自由に乗り降りできる一日券。

台湾鉄道の有人窓口で無事購入できた。

これで準備万端。

……のはずだった。

ちょうどホームに停まっていた7時29分発の基隆行きに急いで乗り、瑞芳方面へ向かったはずだった。

台北駅を出てしばらくは地下区間なので、外の景色を見ても方向は分からない。

何気なく車内のモニターを見る。

瑞芳方面なら、この先は松山などの駅名が出てくるはず。

ところが表示されていたのは、

「次は板橋」。

え?

板橋といえば、桃園、新竹、高雄方面へ向かうときに通る駅。

前回までの台湾旅行で、この方向はすでに何度も利用している。

つまり、

完全に逆方向。

平渓線へ行くはずが、朝から板橋へ向かっていた。

そのまま板橋まで行き、いったん下車。

台湾2日目は、朝からいきなり予定外の寄り道で始まった。

 

🚆 仕切り直して瑞芳へ

板橋で折り返し、いったん台北駅へ戻る。今度こそ瑞芳方面へ。

ここで改めて時刻表を確認すると、朝の乗り間違いで予定が少しずれた結果、平渓線までの時間に余裕ができていた。

調べてみると、その時間を使えば深澳線の終点・八斗子まで往復できる。

しかも八斗子へ寄っても、そのあと乗る平渓線の列車は同じ。

それなら行ってみよう。

朝には予定していなかった八斗子行きが、ここで急きょ加わった。

途中の七堵では、広い鉄道施設と留置された車両が目に入る。

以前、莒光号の機関車付け替えを見るために訪れたこともある場所で、今も鉄道の重要拠点らしい雰囲気がよく分かる。

七堵を過ぎると、車窓は次第に山と川の風景へ。

そして、ようやく瑞芳へ到着した。

 

⏱️ 瑞芳で2分の乗り換え

ところが、ここで少し慌ただしくなる。

台北から瑞芳までは、台湾の交通系ICカード「悠遊カード」で乗ってきた。

その先は、朝に購入した「平溪線・深澳線一日乗車券」を使う。

そのため一度改札を出て悠遊カードをタッチアウトし、今度は一日乗車券で入り直さなければならない。

しかも列車が少し遅れていて、八斗子方面の列車まで残された時間は約2分。

列車を降りる。

改札へ急ぐ。

悠遊カードをタッチアウト。

すぐに一日乗車券で入り直し、支線ホームへ。

何とか間に合った。

朝から板橋まで行ったことを考えると、ここで乗り遅れたらかなり悲しい(笑)。

こうして、予定外の八斗子へ向かうことになった。

 

🌊 海へ向かう深澳線

何とか2分の乗り換えに間に合い、瑞芳から深澳線の気動車へ。

乗るとすぐ、運転席横の前面展望席を確保した。

運転席の近くを見ると、駅員さんが大きな輪の付いたタブレットを扱っている。

単線区間で使われる昔ながらの通票で、日本でもかつてはローカル線でよく見かけた。

私も何度も見たことがある。

現在はJRでは全廃され、ごく一部の私鉄に残るだけになっている。

台湾で今も現役なのを見ると、少し懐かしい。

列車は海科館を過ぎ、短いトンネルを抜ける。

すると前方に海が広がった。

そして終点の八斗子へ。

ホームの目の前は海。

想像していた以上に景色がよく、それなのに乗客は驚くほど少ない。

「こんなにいいところなのに」と思うくらい静かだった。

駅の先には、かつてさらに先まで続いていた線路も残っている。

折り返し前、運転士さんが英語で、

「帰りもこの席がいいよ。反対側の先頭には乗客用の席がないから」

と教えてくれた。

そこで帰りも同じ席へ。

朝の乗り間違いから生まれた寄り道だったが、八斗子まで来たのは大正解だった。

 

🚃 静かな八斗子から、にぎやかな平渓線へ

八斗子から折り返し、再び瑞芳へ。

行きはほとんど乗客がいなかったのに、瑞芳に着くと状況が一変した。

大勢の観光客が乗り込み、車内は一気に混雑。

シルバーウィークということもあり、日本人観光客の姿もかなり多い。

「なるほど、この4両編成は平渓線の観光客を運ぶためなのか」

と納得した。

瑞芳を出ると、まず猴硐。

現在は猫村として有名だが、もともとは炭鉱町。

その先の三貂嶺から、列車はいよいよ平渓線へ入る。

平渓線も、もともとは炭鉱から石炭を運ぶために造られた鉄道。

朝の深澳線が海側の産業鉄道なら、ここからは山の炭鉱鉄道である。

大華を過ぎるころには、車窓はすっかり山あいのローカル線。

そして十分が近づくと、また急に人が増えてきた。

線路の左右には店が並び、その間には大勢の観光客。

空には天燈。

列車が通り過ぎると、人々が再び線路上へ戻っていく。

十分では下車しなかった。

今日は帰りにもここを通る。

その時、今度は違う景色を見ることになる。

 

🚉 終点・菁桐へ

十分を過ぎると、車内も沿線も少しずつ静かになっていく。

望古、嶺脚と、山あいの小さな駅が続く。

先ほどまでの十分のにぎわいが嘘のようだ。

そして平溪。

平渓線の名前にもなっている町だが、車窓から見る印象は十分とはかなり違う。

古い建物が並び、観光地でありながら、今も普通の生活が続いている町という雰囲気だった。

今回はここでも降りず、そのまま終点へ。

列車はさらに山の奥へ進み、10時55分ごろ、菁桐に到着した。

朝の八斗子が海辺の終点なら、今度は山の中の終点。

小さな木造駅舎と古い町並み。

十分の大混雑を見た直後だけに、驚くほど静かだった。

最初は、

「ここ、そんなに見るところがあるのかな?」

と思った(笑)。

ところが菁桐は、駅前だけ見て帰ってはいけない場所だった。

 

🍚 炭鉱町・菁桐を歩く

菁桐に着いて、まずは昼食へ。

入ったのは菁桐礦工食堂。

線路側のカウンター席に座ると、窓のすぐ外が平渓線だった。

注文したのは、礦工飯、紅茶、麵茶。

礦工飯は、かつてこの一帯の炭鉱で働いていた鉱夫たちの食事を再現したもの。

白いご飯に大きな排骨、煮卵や野菜などが添えられた、いかにも働く人のためのしっかりしたご飯だった。

そして窓の外を見ると、猫。

キジ白の猫に続いて、黒猫も線路脇を歩いている。

炭鉱町の終着駅で礦工飯を食べながら、ローカル線と猫を眺める。

なんともいい昼食になった。

食後は、駅前から山側へ歩いてみることにした。

少し上っていくと、炭鉱時代の痕跡が次々と現れる。

草木の中に残る古いレール。

その先には石底大斜坑。

現在は坑口の中へ入ることはできないが、かつてここから石炭を積んだ鉱車が出入りしていたことが想像できる。

さらにレールを追うように歩くと、かつての選洗煤場へ。

坑内から運び出された石炭は、ここで選別され、出荷できる状態に整えられていた。

その石炭を運び出したのが、菁桐駅と平渓線だった。

坑道から石炭を出し、選別し、鉄道で運び出す。

この町では、炭鉱と鉄道が一つの仕組みとしてつながっていた。

ここまで歩いて、なぜ平渓線がこんな山奥の菁桐まで延びているのかが、ようやく実感として分かった。

駅前だけでは静かな終着駅に見えた菁桐。

しかし少し山へ入ると、その背後には炭鉱町として栄えた時代の姿が今もしっかり残っていた。

 

🚃 帰りは最前列から

菁桐駅へ戻り、瑞芳方面の列車へ。

今度は最前列の席を確保できた。

往路は後方から線路を眺めていたので、帰りは真正面から平渓線を見ることになる。

そして楽しみにしていたのが、十分。

列車が近づくにつれて、線路上に人が増えてくる。

天燈を上げる人。

写真を撮る人。

線路を行き来する人。

ところが列車が接近すると、その人たちが一斉に左右へ退いていく。

往路では、列車が通り過ぎたあとに人々が線路へ戻っていく様子を見た。

復路では、その逆。

真正面から、線路が少しずつ空いていく様子を見ることができた。

店の軒先すれすれを列車が通り、空には天燈。

十分は、途中下車しなくても十二分に堪能した(笑)。

そのまま大華、三貂嶺、猴硐を経て、再び瑞芳へ戻った。

 

🏮 瑞芳から九份へ

平渓線の旅を終え、再び瑞芳駅。

次は九份へ向かう。

駅を出て九份行きのバス停を探したが、すぐには見つからない。

朝からかなり動いていることもあり、ここで時間を使うのはやめてタクシーにした。

瑞芳から九份までは220元の定額料金。

山道を上り、九份へ向かう。

 

🌊 大混雑の九份を歩く

九份に着くと、まず驚いたのが人の多さ。

シルバーウィーク中ということもあって、日本人観光客もかなり目についた。

基山街へ入ると、両側に食べ物屋や土産物店、茶店がびっしりと並んでいる。

午前中に歩いた静かな菁桐とは、まったく別世界だった。

老街を進む途中、海側が大きく開ける場所へ。

山の斜面にある九份から、台湾北東部の海岸線が一望できる。

この方向には、朝に訪れた八斗子方面もある。

数時間前には海辺を気動車で走っていたのに、今度は山の上からその海を見下ろしている。

一日の中で景色が立体的につながっていくのが面白い。

 

🫖 お茶は飲まずに、九份らしい街並みへ

九份茶坊のあたりでは、

「せっかくだから台湾茶でも飲もうか」

とも思った。

ただ、景色のいい席はかなり混んでいる。

そしてよく考えると、お茶を飲まなくても海は十分見えている(笑)。

今回はそのまま街を歩くことにした。

続いて豎崎路へ。

赤い提灯が並ぶ急な階段。

写真でよく見る九份そのものだ。

ただ、実際に歩いてみると、

「幻想的な山村」

というより、

「ものすごく人の多い急坂の町」

という印象も強い(笑)。

途中では昇平戯院にも入った。

かつて鉱山町として栄えた九份の娯楽施設で、館内には昔の映画館らしい客席や舞台が残っている。

観光地になるずっと前から、ここには暮らし、働く人たちの町があった。

私には、こちらの方が九份の歴史を感じられて面白かった。

 

🚉 前回のリベンジ、港町・基隆へ

九份からはバスで瑞芳へ戻り、そこから列車に乗り換えて基隆へ向かった。

八堵で一度乗り換え、15時過ぎに基隆へ到着。

基隆は、前回の台湾旅行でも訪れる予定だった街。

ところがその時は七堵まで来たところで予定通りに進まず、雨と疲れもあって断念。

「基隆はまた今度」

として旅を終えていた。

今回は、ようやくその「また今度」の回収である。

ホームの先を見ると、線路は車止めで終わっている。

台湾鉄道の北側の終着駅だ。

朝に訪れた菁桐が山の終着駅なら、こちらは海の終着駅。

同じ日に二つの終着駅へ来たことになる。

駅を出ると、すぐ目の前が基隆港。

港と駅の距離が驚くほど近い。

大きな船や港湾施設が並び、街の中心に港が入り込んでいるように見える。

対岸には「YAIMA LINE」の船も見えた。

石垣島と基隆を結ぶ航路の船である。

かつては神戸や門司などと結ばれ、今も石垣島への航路がある。

基隆が昔も今も、台湾北部の海の玄関口であることがよく分かる。

少し港を眺めたあと、次は基隆要塞司令部へ向かうことにした。

港町としての基隆が、どのように発展してきたのか。

まずはその歴史から見てみる。

 

🏛️ 基隆要塞司令部へ

バスで向かったのは、基隆要塞司令部。

ここは日本統治時代、基隆周辺の砲台や防御施設を統括していた旧日本軍の司令部で、現在の建物は1929年に完成した。

終戦後は国民政府に接収されたが、その後も軍施設として長く使われてきた。

現在は修復され、歴史展示施設として公開されている。

中へ入ってみると、単なる軍事施設の展示ではなかった。

港湾、鉄道、石炭、漁業、造船、都市計画など、基隆という街が港を中心にどう発展してきたのかが分かる内容になっている。

そして見ているうちに、今日一日の旅が少しずつつながってきた。

朝に訪れた八斗子。

平渓線。

菁桐の炭鉱。

山で採れた石炭を鉄道で運び、港へ。

海では漁業や造船が発展する。

朝から別々の場所を巡ってきたつもりだったのに、実はすべて台湾北部の産業と交通の歴史の中でつながっていた。

これは面白い。

基隆に着いて最初にここへ来たのは正解だった。

建物そのものも見応えがあり、深い回廊や重厚な司令官室など、日本統治時代の建築の雰囲気がよく残っていた。

気がつけば、かなりじっくり見学していた。

 

🗼 基隆塔から港を見下ろす

要塞司令部を出たあとは、基隆塔へ。

市街地から山腹まで一気に上がる、かなり変わった構造の展望施設である。

エレベーターで上へ上がると、目の前に基隆港が広がった。

時刻は17時前。

港には船が並び、その背後には密集した市街地。

さらにそのすぐ後ろに山が迫っている。

要塞司令部で基隆の歴史を見た直後なので、この景色がより立体的に感じられる。

平地が少なく、海と山の間に港と街がぎゅっと詰まっている。

「なるほど、こういう地形だからこそ、港も軍事施設も重要だったのだな」

と納得する。

夕方の光が港に差し、水面もきれいだった。

 

🐓 金雞橋を渡って夜市へ

基隆塔を下り、廟口夜市へ向かう。

途中、田寮河で少し変わった橋を見つけた。

金雞橋。

大きな鶏のオブジェがあり、歩道橋はわざわざ高いアーチ状になっている。

すぐ横には普通に平らに渡れる道もある。

「誰がわざわざ高い方へ上るんだ?」

と思った。

……私は上った(笑)。

上から見ると、確かに川と市街地がよく見える。

遠くの山には「KEELUNG」の文字も見えた。

日常的に使うには少し大変そうだが、景色を見るための橋としては面白い。

 

🍲 廟口夜市で基隆グルメ

金雞橋を渡ると、いよいよ基隆廟口夜市。

黄色い提灯の下に、屋台がずらりと並んでいる。

まず向かったのは、呉記。

注文したのは、螃蟹羹と油飯。

螃蟹羹は、カニの身が入ったとろみのあるスープ。

油飯は台湾式のおこわ。

この組み合わせがよく合う。

そして食べていると、

「これはビールが欲しいな」

と思った(笑)。

実はビールを1本持っていた。

店のおばさんに聞いてみると、最初は「いいよ」という反応。

ところが隣のおばさんは「ダメ」。

意見が分かれた(笑)。

そこでお願いしてみたところ、苦笑いしながらも何とかOK。

ありがたく飲ませてもらった。

 

🍢 台湾式の「天婦羅」

続いて、一口吃天婦羅へ。

「天婦羅」と書いてあるが、日本の天ぷらとは違う。

魚のすり身などを揚げた台湾式の練り物で、甘めのタレとキュウリを添えて食べる。

35元にするか70元にするか迷い、

結局70元(笑)。

揚げたてで、少しプリッとした食感もあり、これもおいしい。

そしてまた思う。

「これこそビールに合う」

しかし、ビールはさっき全部飲んでしまった(笑)。

 

🍧 最後は泡泡冰

最後はデザート。

陳記泡泡冰へ。

泡泡冰は、氷と材料を混ぜ合わせて作る、基隆名物のひんやりしたデザート。

普通のかき氷より、少しアイスクリームに近いなめらかな食感だった。

いろいろある味の中から選んだのは、情人果。

青マンゴー系なので、かなり酸っぱいものを想像していた。

ところが食べてみると、

かなり甘い(笑)。

螃蟹羹、油飯、天婦羅、そして泡泡冰。完全に満腹。

時計を見ると、まだ18時18分。

かなり食べて、かなり歩いたので、感覚的にはもう遅い時間のつもりだった。

でも夜市は、むしろこれから。

17時台より明らかに人が増え、黄色い提灯もきれいに灯っていた。

早めに食べておいて正解だった。

 

🌃 夜の基隆港へ

廟口夜市をあとにして、最後にもう一度港へ向かった。

着いたのは海洋廣場。

昼間に駅へ着いた時に見た基隆港。

夕方には基隆塔から見下ろした。

そして今度は、夜の港を水面近くから眺める。

船の灯り。

港湾施設の明かり。

水面に映る街の光。

現役の港そのものが夜景になっている。

それが、いかにも基隆らしかった。

 

🚉 山の終着駅から、海の終着駅へ

港を少し歩いたあと、基隆駅へ戻る。

時刻は18時50分ごろ。

ホームに降りると、「基隆」の駅名標。

その先には、もう線路がない。

朝に訪れた菁桐は、山の終着駅。

そして一日の最後は、海の終着駅・基隆。

列車に乗り、ようやく座ってひと息ついた。

台北へ戻ったあとは、ホテルへ帰る前にまた近所のフルーツ屋へ。

前日よりさらに買い込み、スイカ、ぶどう、マンゴー。

もはや台湾滞在中の日課になりつつある(笑)。

朝は平渓線へ向かうはずが、いきなり方向を間違えて板橋へ。

ところがその乗り間違いのおかげで時間ができ、予定になかった八斗子へ行くことになった。

そこから平渓線で菁桐へ。

九份を歩き、最後は前回訪れることができなかった基隆へ。

振り返ってみると、予定外のことも多かった一日だった。

それでも、八斗子の海、平渓線、菁桐の炭鉱、九份の山、そして基隆の港。

一日かけて巡った場所が、最後には不思議と一本につながっていた。

最初からそんな旅を計画していたわけではない。

何しろ朝一番で逆方向へ向かっていたのだから(笑)。

予定外まで含めて、旅は面白い。

朝から本当によく動いた台湾2日目だった。

まだ旅は続く。

 

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