【院長の休日・奥出雲の旅】第6話(最終話)🕊️広島で平和を想い、旅を締めくくる
[ 公開日: 2025/8/13 ]
三次駅近くを歩いていると、気になる雰囲気のお好み焼き店を見つけた。
地元の人気店らしく、11時の開店前から待ってみた。
店員さんの姿を見つけ、「11:43発の列車に乗ります」と伝えると、笑顔で「じゃあ先に注文をお伺いしますね」と言ってくれた。
旅の途中でこうした心配りに出会えるのは、本当にありがたい。
11時に入店し、ほどなくすると運ばれてきたのは、三次名物“唐麺(からめん)”入りのお好み焼き。
鉄板でジュウジュウ音を立てながら、辛子を練り込んだピリ辛麺が特徴で、食欲をそそる香りが立ち上る。
熱々の鉄板から立ち上る湯気の中、生ビールを一口。
濃厚なソースの香ばしさと唐麺の刺激的な味わいが相まって、これはもう、大正解の昼食だった。
「立ち寄ってよかった」──自然と、そんな言葉がこぼれる。


食後は、11:43発の広島行きの普通列車。
停車していたのは、懐かしさ漂う旧型ディーゼルカー「キハ40」。
国鉄時代から活躍するこの車両は、今では全国でも数を減らしているが、昭和世代にはやはりどこかほっとする存在だ。

列車は定刻通り、三次駅を静かに発車した。
最初のうちは、車内にはほとんど人がいない。ロングシートにぽつんと腰掛けると、どこか木次線を思い出す──あの貸切状態の車内、無人駅、そして静寂な山あいの風景。
だが、列車が次第に広島方面へと南下するにつれ、車内の空気が変わり始めた。駅に停車するたびに乗客が増え、いつしか座席は埋まり、立ち客も現れるほどに。今朝出発した出雲八代駅や乗り換えた山深い備後落合駅では想像もできなかった人の気配に、少し驚きを覚える。
車窓から見える景色もまた、里山から住宅街へと様変わりし、人の暮らしの密度が増していくのを肌で感じる。まるで、時間が逆流していくように──
ローカル線の非日常から、都市の日常へと戻っていく感覚だった。
13:34、列車は定刻通り、広島駅に到着した。

広島駅構内は祝日の昼下がりとあって、多くの人で賑わっていた。
新幹線までの時間は1時間55分。旅の終わりに、もうひとつ大切な場所へ足を運ぶことにする。
荷物をコインロッカーに預け、路面電車に揺られて向かったのは、「原爆ドーム」と「平和記念公園」。
日差しの強い中、訪れていたのは多くの日本人・外国人観光客。
周囲には静かな敬意が漂い、どこか張り詰めたような空気に包まれていた。


資料館にも、短い時間ではあったが立ち寄った。
焼け残った時計、瓦、変形した水筒。
そのどれもが、“戦争”という言葉では片づけられない人の記憶と痛みを今に伝えていた。
旅の終盤に訪れたこの場所は、やはり特別な意味を持つ。
のんびりとしたローカル線の時間とは対照的に、
ここには“時間が止まったままの空間”があった。

再び路面電車に乗って広島駅へ戻り、15:29発の「のぞみ号」で帰路へ。
「のぞみ号」の車内は快適そのもの。広島から新横浜までは、あっという間の数時間だ。だがその短さが、逆にこの2泊3日の旅の密度を際立たせてくれる。夕方の新幹線車内で、車窓を眺めながら今回の旅を静かに振り返る。


サンライズ出雲号で出発し、
足立美術館の庭園、灼熱の木次線運休、タクシーでの山越え、貸切のディーゼルカー、
出雲八代の無人駅と博物館の夜、3段スイッチバックの山越え、
三次の唐麺入りのお好み焼き、そして広島の平和公園──
それら一つひとつの体験が、旅という時間を色濃くしてくれた。
非日常の中にある、静かな感動。
誰もいない列車、誰かの記憶が残る駅、誰かが暮らす町。
それらをゆっくりつないでいくのが、鉄道という旅のかたちなのだと思う。
窓の外には、夕暮れの空にうっすらと雲がかかっていた。
目の前を高速で流れていく景色を見ながら、ふとあの無人駅の静けさが懐かしくなる。
あの時、誰もいないホームで、遠くからセミの鳴き声だけが響いていた。
鉄道の旅は、速さだけじゃない。
ときに“止まっているような時間”こそが、心を豊かにしてくれる──
そんなことを考えながら、座席に身を沈める。
仕事の合間にふと、またこの旅の断片が蘇ってくるのだろう。
そんな“心のスナップショット”を残してくれるのが、鉄道旅の最大の魅力かもしれない。
今回の旅は、院長としての日々の業務から一歩離れ、気持ちを切り替えるための“儀式”でもあった。
クリニックを出て、日常と違う時間の流れに身を置くことで、思考がリセットされ、また前を向ける。
この切り替えの感覚は、何度旅に出てもやはり新鮮で、ありがたいものだ。
──そして今、確信している。
また、旅に出たくなる。
それが鉄道旅の魔力なのだ。
次は、どこへ行こうか──。
(完)
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●院長の休日・奥出雲の旅
第1話🚆サンライズ出雲で夏の冒険
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第2話🎨足立美術館と木次線の異変
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第3話🚞貸切列車で行く秘境の駅
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第4話🌾静かな駅から始まる木次線の朝
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第5話🐢時速25kmの鉄路をゆく芸備線
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第6話(最終話)🕊️広島で平和を想い、旅を締めくくる
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